ユーロとICUの比較 - ケインズならどうみたか
(ICU[International Clearing Union.国際清算同盟]とは1940年代にケインズが唱えた国際通貨システムのこと)
・ICUは中央銀行間での清算をバンコール勘定で行い(帳簿上の振り替え業務)、一方的な黒字、赤字の継続を避けるため、ある限度を超えると、ペナルティ課税が課せられる。しかしICUは世界経済の復興・拡張を目的としているから、黒字の部分を積極的に活用することを強調している。使う気のない預金残高を、復興・拡張のために利用することの重要性が強調されている(一次産品問題、救済・復興問題、国際的投資問題)。オーバードラフトも考慮されている。
それは国内バンキングで当然視されている原理を、国際バンキングに適用するという基本的スタンスを有している。
またICUは復興・救済を支援するために、そのなかに特別の口座を設けることも視野に入れられている。
それ以外は各国の自由に委ねられている。脱退する自由も保障されている。
短期資本の「やんちゃな」動きにたいする規制は強く認識されている。
メンバー国の通貨はそのままであり、国際貿易はこれまでどおりの方法で行われる。
・これにたいしユーロは、メンバー国にたいする自由度を著しく制約するものになっている。自国通貨は廃止され、金融政策・為替政策はECBに一任されている。そして財政規律を守らせるために「安定成長協定」(SGP)が設けられている。つまり、メンバー国は、自国の経済をコントロールする手段を何ももたないままになっているのである。
現在、ユーロ・システムは、メンバー国間の国際収支上のインバランスが極端になっており、それを解決する方法として「構造改革」(労働市場の自由化や賃金の切り下げ)だけが叫ばれている。
ユーロ首脳は、襲いかかる危機にたいし、ベイルアウトと超緊縮予算を組み合わせて関係国に対処してきた。それの意味するところは、ユーロ・システムを安定化させることと(金融機関の救済でもある)、関係国の国民にたいする増税、支出削減である。その結果、経済の悪化はさらにひどくなり、今日に至っている。
・もしユーロ・システムではなく、ICUシステムを導入していたならば、こうした問題には発展しなかったかもしれない。(比ゆ的にいうと)ドイツの黒字はギリシアの赤字で生じている。ギリシアが大いに支出をしてくれた(そしてその資金はドイツの銀行が出している)から、ベンツは大いにギリシアで売れたのである。このことをギリシア人の不徳の致すところ、とするのがドイツ人の支配的な考えである。
・ユーロ・システムは、その上部にEUを有している。EUのうち、ユーロ・システムへの加入を拒む・逡巡する国が存在しているからである(最も重要なのはイギリス)。そのEUだが、リアル・ポリティーク的な発想でもって拡大に続く拡大を続けるというコースをとってしまっている。かつてのヨーロッパ共同体的精神よりも、大国的行動精神に舞い上がって行動してしまった、という感じである。それは旧東欧圏をNATOに組み入れる動きなどに典型的である。こうした動きを示すEUとその下部組織である通貨共同体としてのユーロ・システム、この2つのあいだでハーモニーを保つことは、非常に難しい問題であるといえる。
・ユーロに限定しても、かなりいいかげんな基準でメンバー国を増やしていった。それが、マンデル的な「最適通貨圏」にのっとったシステムになっているなどとは、いまや誰も言わないであろう。
・ユーロ・システムが、メルケルの目指すように「フィスカル・ユニオン」あるいは「ポリティカル・ユニオン」を早期に実現させることで、いまの危機を乗り越えることができるというのは妄想であろう。ヨーロッパの国民は多様であり、その多様性を上から一気に画一化させようとすれば、すぐにほころびは来るし、第1、メンバー国内の社会的疲弊と緊張はそれを許さないであろう。爆発の危険性は絶えず潜んでいる。
ユーロ・システムを改編する、しかも大幅に改編する必要があるのではないだろうか。