1944年4月23日 オーパイ宛
この手紙には、ケインズのそのときの心境、全体的な雰囲気が鮮明に語られている。
4月22日のCmd 6519でExplanatory notes by UK experts on the proposal for an IMFが公表された直後に書かれている。
・これ以上、ユニタス・ヴァージョンにはこだわらない旨をホワイトに告げる許可(イギリス政府からの)を得たこと(オーパイがイギリスを出た直後のこと)
・しかしそれがオーパイのもとにとどくのが遅れたため、交渉において不利となったばかりか、(ホワイト側の)最後通告で利用されてしまったこと
・ホワイトが「最後通牒」という方針をとったことに個人的には不満はないとのこと(イギリス側の対応が遅く、混乱していたこと)
・文書を国民にどうやってうまく提示するかということに腐心
マスメディアにたいしては非常にうまくいった。
来週、議員グループに同じ目的で会う予定。
・コーデル・ハルはIMFを熱烈に支持している。当然これは大統領ならびに政府の支持が背後にある。
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・ルーズベルトは、経済領域での国際協力を大統領選挙の公約で重視するであろう。
・ルーズベルトはPOFA,UNRRA,ILOと経済領域での国際協力を次々に築いてきている。そしてIMF、さらにはIBRDが来るだろう。
All these projects taken together can be represented as a formidable first step towards international collaboration over the economic field.
p.445
(・他方、大統領は、通商政策、一次産品政策のような領域にたいしては、慎重に動くことであろう。)
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・以上はわれわれにとっても願ったりのことであり、われわれは大統領のその動きの妨害をしないことが重要である。アメリカと仲違いするようなことは絶対にしてはいけないこと。
われわれが大統領を熱烈に支持するようなことはしない方がいい。大統領も自らの動きがアングロ・アメリカ的外観を呈することを好んではいないから。
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・先週行われた下院での重要な討議 ー 帝国の統一、とくに特恵関税(第7条問題)をめぐる問題
そこでは反アメリカ、親大英帝国的ムードが横溢している。これは一過性であるが、当面は警戒しなければならない点。長期的には問題はないと思うが。
・イギリス人とアメリカ人の気質の違いの指摘
Our tendency is to say nothing at all on the particular occasion, play it down in public and then gradually under the surface get into a condition of extreme irritation. p.446
・英米協力は、長期的には必ず進展する。
The Americans are also, I suppose, both in their relations with us and with others, suffering from the usual prejudice against a benefactor. That does not alter the fact that, on way or another, the point is being reached when the average man finds it very difficult to keep his temper or conceal his feelings.p.447
アメリカは供与者であるがゆえの偏見に悩まされている。しかも、庶民が感情を抑えられなくなる時期が到来しようとしているのもまだ事実である。
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ケインズのスタンスは明確である。イギリスはアメリカに抵抗して独自路線をとる力はない。そういうことを試みても、アメリカのちからのまえにそれは挫折し、結局は大英帝国の解体に追い込まれるばかりである。
大事なのはアメリカとけんかをしないで、協力関係になることをとりつけることである。そのことによって大英帝国は、そしてイギリスの銀行業はこれまでと同様になんとか世界の中心に(アメリカと並んで)立ち続けることが可能となる。これ以外にイギリスが生き残れる道はない。
ケインズにはプランナーとしての国際主義と大英帝国権益の擁護者、ならびに状況に応じて考えを変えていくという側面がある。
一次産品問題 ・・・第5次案をすて後退している第6次案を打ち出してきた(ハロッドとの対立)
救済問題 ・・・当初の案を自ら放棄してレンド・リースという現実案に変わっている。
国際清算同盟案 ・・・1943.6月には、事実上、この案は捨てられ、イギリス側は以降、ホワイト案をベースにその改善(ユニタスの貨幣化など)を目指したものの、うまくいかず、結局はユニタス抜きのホワイト案に合意するに至っている。
考えてみると、一次産品はケインズ自らがイギリス内部での妥協に走り、最終的にはイギリス案としても採用されずに終わってしまった。救済案となるとイギリスの財政状況の悪化からあっさりと取り下げてしまっている。そうしたなか、国際通貨体制だけは、アメリカ側が出してきた案を最終的に認めることで
かたちを残したい、と考えたのだろうと思う。
理論的にみると、ホワイト案とケインズ案はまったく異なるものである。にもかかわらず、ホワイト案で行こうとしたのは、アメリカの助けなしには大英帝国は崩壊するとの懸念が強かったからだろうと思う。
ケインズは植民地の解放という考えはみじんもなかったといってよい。そうした事例として、極東地域が「解放された」あかつきのイギリスのとるべき態度として、ルーズベルトに頼ることなく、大英帝国内の協力で対処すべしであるという書簡があげられる。