2013年8月26日月曜日

ケインズのスタンスの変化を詳しく見る ー 1943.7-1944.2

ケインズのスタンスの変化を詳しく見る ー 1943.7-1944.2

・1943年7月10日付のホワイト案を検討して(すでに検討の対象はホワイト案にシフトしている。6月29日の「CUとSFの統合」がそれを示している。中心は、統合といいながらSFにおかれている)ケインズは、次の3点が受け入れらないのであれば、交渉の決裂も覚悟する必要がある、という対決姿勢を示している(1943年7月19日付けイーディ宛書簡で)。

In my judgment we must be prepared to face a complete breakdown unless important changes are made. (p.316)

I submit that our delegation should be instructed to break off negotiations for the time being unless satisfactory concessions can be obtained on the three essentials above. (p.320)

・3つの条件
(1)メンバー国の為替レート変更をもっと弾力的にすべし
(2)基金はユニタスを貨幣化し、多数国あいだでの清算をも行うようにすべし
(3)金でのメンバー国の拠出は25%ではなく、当初の12.5%でいくべきである

・1943.9.21 ホワイト宛書簡

ここではユニタスの貨幣化(unitisation)が提案されている。
その特徴は、SFをICUのように改組する試みである。メンバー国はSFに勘定口座を開設し、それを通じて多数国間での清算をも実施しようとするもの(pp.342-343)。

・1943.9.24 両国間の合同会議(アメリカ財務省で開催。イギリス側はケインズ、ロバートソン、ロビンズ、ミードといったそうそうたる経済学者が中心。アメリカ側は官僚が主体である)

ここで第2議案としてケインズが説明した「ユニタスの貨幣化」をめぐって質疑が行われている。

特に重要なのは、p.348 (a)(b) (c)である。

 unqualified multilateral clearing
the account of the Fund should be kept in unitas

・1943.10.3 イーディ宛書簡

ここでワシントンでの状況が伝えられている。雰囲気は非常に友好的で、とりわけリップマン、アチソンの存在は非常にコンファタブルであると記している(これは十分理解できる)。

アメリカ側が歩み寄りをみせている点に言及した後、そうではない論点について述べている。

そのなかの1つが、「ユニタスの貨幣化」への反対である。この態度にケインズは不信感をつのらせている(pp.359-360)。

・1943.10.3 イーディ宛書簡
pp.364-365でユニタスの貨幣化についてのアメリカ側の奇妙なスタンスを批判。バーンスタインに非難の矛先は向かっている p.364, さらにはp.372。
ホワイトにたいしては、(文句も言っているが)全体としてはかなり高い評価を与えている。p.373

・1943.10.10 イーディ宛書簡
ここでは、交渉の最大の障害になっているのはホワイトの部下であるバーンスタインであることが、詳しく記されている。せっかく、ホワイトを説得して決めたことも、バーンスタインがホワイトを逆説得して、こともあろうにずっと以前に彼が書いた提案に戻るようなことまでしてきた。そこで私は怒って、この場に及んでのこの行為は許されることではない的な発言を会議で行った。イギリス側の仲間のなかには、ちょっと行き過ぎとの感想をもった人もいたようだが、結局この案は撤回された。まったくアメリカとの交渉ではこれくらいの強い姿勢を示さないとだめである・・・ (pp.372-373)

・1943年10月12日

これは奇妙な文書である。
Anglo-American Draft Statement of Principles
では、ユニタスへの言及はみられない。

ところが、後ろに
The Draft Statement of Principles in terms of Monetised Unitas
というのがある。これは本文のユニタス抜きの提案は、ユニタス入でも表現できるという内容のものである。
 すでにここには、イギリス側の敗退とそれをとりつくろう一文の挿入という意図がみえてとれる。

・1943.12.7 オーピ宛書簡
ここでは、ユニタスの貨幣化にこだわりすぎることもない的なトーンになっている。つまるところ、ケインズは上記のDraft Statement を承認するに至っている。

・1944.2.7

ここでは、CUとSFとの相違はテクニカルな形式の問題だと述べられており、しかもユニタスも不要であるような発言に終始している。

Under the S.F. proposals... so that no new internatinal unit would be necessary. ... Now this difference (between ICU and SF), however important, is nevertheless only a matter of technical form. A given set of proposals can be drafted in terms of either set-up so as to be identical in substance and legal effect.p.405

ケインズがむしろ関心を強めているのは、なんとかアメリカの援助の確約をとりつけたうえでアメリカ案を承認することである。ケインズはここでも非常にプラグマティストな側面を打ち出している。

It may, therefore, be wise that we should take an early opportunity to express frankly to the U.S. Administration what is in our minds; namely that we cannnot enter into this scheme unless there is an assurance of our not being expected to use its facilities prematurely, and that we cannnot have any such assurance until they have given us some indication of the financial regime succeeding the lend lease phase ...
p.406

このことは2月23日の蔵相宛の書簡でも明確に表明されている。

An Anglo-American bloc offered as an international schemeとして成立させようとするプラグマティックなスタンスである。
(残りの2つは、A sterling currency bloc, Dollar diplomacy である。)

この表現は、ケインズの心情をとろしている。「英米ブロックである国際計画
」とはイギリスがアメリカとともになんとか主役として、そして大英帝国の威厳を維持しつつ、しかも国際企画として提案されている、という点にケインズは大いなる現実的魅力を感じているのである。スターリング・ブロックはアメリカを排除しての通貨圏だが、そんなのはアメリカのいまの力からして木っ端微塵につぶされ大英帝国自体の解体を招いてしまう。かといってドル外交となると、もろにアメリカだけが全てを牛耳るかたちになり、わが大英帝国の活動する場はなくなる・・・こうした考えのもと、ケインズは「英米ブロックである国際計画」に賛成している。

It is no good favouring currency arrangement seriously inconsistent with the other brances of their post-war policy. (BOEのとるスタンスを批判しながら述べている)。

...the Americans are strong enough to offer inducements to many or most of our friends to walk out on us, if we ostentatiously set out to start up an independent shop. p.412

(1942年2月 英米相互援助協定[最大の争点は帝国特恵関税の廃止問題 vol.23, pp.194-228]。3月武器貸与法)(1945年12月 英米金融協定)

かくして、国際清算同盟案としてのケインズ案は(安定化基金案をユニタスの貨幣化を通じて改組しようとする試みもついえ)完全に敗退してしまったのである。

***
1942年8月28日に作成されたICU案では、メンバー国はバンコールによる講座を有し、それにより国際的な決済を行っていくこと、しかも黒字国と赤字国の累積的増加を防止するためにペナルティを課すこと、さらにはオーバードラフトを許容し、世界経済の成長に資するようにするシステムが考えられていた。そして一次産品問題、救済問題などの解決のために、関係する国際機関にもICUにバンコールでの口座を設置すべきことが考えられていた。
 だが、すべての計画は最終的には潰えたといってよい。一次産品案はそもそもイギリス内部で最終的な承認を得られることはなかったし(一次産品案の第6次案以降では明らかな原則の後退が認められるという問題があったし)、救済問題となると、ケインズ自らが当初の国際的案を大英帝国の経済状態の激変により放棄してしまうありさま(つまりレンド・リースに依存する方針への変更)であった。そしてICUである。ホワイト案に依拠しつつ、そのユニタスの貨幣化を試みるもアメリカ側の賛成をえられることはなく、ついにはアメリカの援助確約を得ることのほうが重要だということで、なにか最後にはわけのわからない合意を正当化するに至っている。