ケインズ案とホワイト案の攻防とケインズのスタンス
・ケインズ案は基本的には大きな変更点はない。
ただ、アメリカとの交渉過程において、ケインズ案を取り下げ、ホワイト案を中心にすえて交渉が進められた。
・両案は性質を大きく異にする。
ケインズ案・・・参加国はICUにバンコール表示の勘定口座を設定し、すべての国際取引は、この口座間での移動により処理される。したがって全体としての口座は、貸し方、借り方は恒等的に等しい。当座貸し越し(オーバードラフト)も許容される。救済や一次産品などを扱う国際機関にたいし、バンコール勘定口座を設定することの重要性が強調されていた。
ホワイト案・・・参加国は基金に割当額を拠出する。基金は、参加国の中央銀行に勘定口座を設定するが、それは当該国の貨幣でなされる。参加国は、基金に拠出をするだけであり、そのことと当該国の国際取引の処理とは何の関係もない。「ユニタス」という国際勘定貨幣がホワイト案にはあった(ケインズはこれを貨幣化することをホワイトに提案しているが失敗している)が、それはただ言及されていただけで何の役割も果たすものにはなっていなかった。そして1944年の案では、これへの言及もなくなってしまっていた。救済や一次産品問題などにこの基金は利用されることを拒否していた。
にもかかわらず、ケインズ側がなぜホワイト案を受け入れたのか。これは興味深い問題である。本来であれば、この相違は決定的に大きいものであるにもかかわらず、ケインズ側はアメリカ側の案をもとにして以後の交渉を進めることになった。
1943年10月には、交渉の決裂も辞さないと息巻いていたケインズであったが、1944年2月には次のように述べて、ホワイト案に賛成しているのである。ケインズが次の3点の変更がない限り、交渉は決裂しても仕方がないと
1943年7月に述べていた。それは、メンバー国の為替レートの変更をもっと弾力的にすること、基金はユニタスのみを扱うようにすべきであること、基金への金の拠出額を下げること。しかし、1944年4月の「共同声明」をみると、この3点には何の変更もなされていない。したがって1944年2月のケインズの見解(第2点をのぞけば問題は解決しているという見解)には何の説得力もないように思われる。
In the final draft, therefore, all the technical matters at issue, ecept one(これが上記に記した両案の根本的相違にかかわる問題), have been in the end settled on the expert level.
・ケインズには時の情勢の変化、とりわけイギリスのおかれている立場を防衛するという本能がかなり働いていることは、救済問題においてもよくあらわれている。
国際主義的プラニングの卓越した設計者であると同時に、対米交渉の過程で大英帝国の防衛という問題が深刻であるような事態が発生した場合には、そちらを優先するという姿勢がとられてきている。
当該問題でもそうしたスタンスは処々にみられる。次はその典型である。
...we cannot enter into this scheme unless there is an assurance of our not being expected to use its ficilities prematuraby, and that we cannot have any such assurance until they have given us some indication of the financial regime succeeding the lend lease phase
要するに、イギリスは多額の拠出をしなくともいいようにしてほしい。そしてレンド・リースに代わるシステムをアメリカ側が考えてほしい。そうしてくれればアメリカ案に従う、という内容。
・1944年4月22日の「共同声明」をみると、ケインズ案の考えはどこにもみられない。そしてそれがいわゆる国際通貨基金となって戦後出現することになったのである(いまもIMFは存在するが、その特性は1970年代に大きく変質している)。
・これらの問題は、英米の国際ヘゲモンに大きな相違が生じていたということの結果である、という判断によってのみ、そしてケインズはプラグマチスト、とりわけ大英帝国の国際的地位をなんとか守る、という立場から、アメリカ側の言い分を「ばかげている」と思いつつも支持するという側に回ったのだと思う。